2020年2月20日更新
鎌倉江の島七福神めぐり~「江ノ電」に乗って御朱印を集めてご利益も充実感も満喫しよう~
最近の御朱印(ごしゅいん)ブームで「七福神めぐり」という言葉を良く聞くようになりましたが、「鎌倉江の島七福神」めぐりをご存知ですか?
鎌倉は、由緒ある歴史をもつお寺や神社が多数あり、古都の趣を感じる素敵な場所ですが、海や山などの自然にもめぐまれた魅力的なまちです。
だからこそ、鎌倉のどこに行こうか迷ってしまう人も少なくありません。
そんな方は、「鎌倉江の島七福神めぐり」にチャレンジしてはいかがでしょうか。
各寺社には、記念となる専用の御朱印色紙(500円)や、七福神が描かれた飾り色紙(1000円)もありますよ。御朱印は各寺社とも300円でいただけます。
「江ノ電」に乗ってめぐる七福神
鎌倉に行ったら「江ノ電」に乗りたいという方も多いとか?
確かに、海沿いや、住宅街すれすれ、時には車と一緒に一般道を走りぬける「江ノ電」は、地元住民でもわくわくします。
「鎌倉江の島七福神めぐり」は、北鎌倉から江ノ島にかけてのお寺や神社をめぐるため、「江ノ電」を利用するのが効率的。また江島神社へのアクセスは、海にかかる江ノ島大橋を歩いて渡るため、海の風を感じることもできます。
「鎌倉江ノ島七福神めぐり」は、「江ノ電」も、「海」も楽しむことができる一石三鳥の魅力ある鎌倉湘南散策ができるのです。
七福神めぐりとは?
七福神めぐりは、仏教の経典にある「七難即滅 七福即生(しちなんそくめつ しちふくそくしょう)」に基づき、「福をもたらす七つの神様を順番に巡ることで、7つの災い取り除き、七つの福を授かる」というご利益があります。
ところで、七福神めぐりの習慣はいつ頃始まったのでしょうか。
七福神信仰は室町時代に京都で始まったと言われていますが、全国に広めた立役者は徳川家康だとか。
家康は、江戸時代初期の絵師である狩野探幽(かのうたんゆう)に、宝船にのった七福神を描かせます。これが評判となり、江戸庶民の間に七福神信仰が定着したようです。
「鎌倉江ノ島七福神」が8ヶ所の理由
七福神めぐりは、一般的に7つの寺社をめぐりますが、「鎌倉江ノ島七福神めぐり」は8ヶ所をめぐります。
さてここで、「七福神なのになぜ8つ?」「弁財天が2つある!」の疑問がわきます。
私見ですが、江島神社は日本三大弁天の一つとされていますが、ぎりぎり鎌倉市ではなく、藤沢市に立地します。鎌倉七福神の中に日本三大弁天を入れたい・・・でも残念ながら藤沢市にあるため、「鎌倉江の島七福神」となったのかもしれません。あくまで私見です!
それでは、各社七福神の御利益や見どころを簡単にご紹介します。
七福神のご利益は?
江島神社の「江島弁財天」
江島神社の「江島弁財天(えのしまべんざいてん)」の御利益は、「金寶富貴(きんぽうふうき)」です。
金運アップや商売繁盛のご利益があり、また地位と名誉も手に入れたいという願いも叶えてくれる神様です。
日本三大弁天の一つで、「芸能、財宝、海上の女神」として信仰されています。
御霊神社の「福禄寿」
御霊神社(ごりょうじんじゃ)の「福禄寿(ふくろくじゅ)」の御利益は、「家禄永遠(かろくえいえん)」です。
家禄とは、武家時代に主君から家臣に与えられた給与で、その財産は子孫に永遠に世襲されていたことから、長寿、子孫繁栄を叶える神様です。
御霊神社のすぐ横を「江ノ電」が通過するため、電車好きの「撮り鉄」さんの姿も見かけます。
長谷寺の「大黒天」
長谷寺(はせでら)の「大黒天(だいこくてん)」の御利益は、「出世開運」です。
大黒天は農業の神様としても有名で、子宝、縁結び、出世、開運、商売繁盛を叶える神様です。
長谷寺は、日本最大級の大きさ(高さ9.18m)を誇る「十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜのんぼさつ)」のあるお寺としても有名です。
浄智寺の「布袋尊」
浄智寺(じょうちじ)の「布袋尊(ほていそん)」の御利益は、「福徳円満(ふくとくえんまん)」です。
布袋尊は、七福神の中で唯一実在の人物を神格化した神様です。
中国の禅僧だった契此(かいし)をモデルにしており、いつも大きな布袋を背中に背負っていたことから布袋尊と呼ばれるようになりました。
福の神として、たくさんの御利益がありますが、知恵を授け、福徳円満をもたらす神様です。
鶴岡八幡宮の「旗上弁財天」
鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)の「旗上弁財天(はたあげべんざいてん)」の御利益は「芸能成就」とされていますが、源頼朝が平家の滅亡を祈願して旗を上げた事から、旗上弁財天と呼ばれ、武運長久、大願成就の神様として有名です。
境内には源頼朝の妻である北条政子の安産を祈っておかれた「政子石」があり、子宝や安産祈願をする女性のパワースポットとしても有名です。
宝戒寺の「毘沙門天」
宝戒寺(ほうかいじ)の「毘沙門天(びしゃもんてん)」の御利益は、「勝運来福(しょううんらいふく)」です。
毘沙門天は仏教の四天王の一人であり、病魔退散や財宝富貴の神様としても知られています。
鎌倉幕府の第14代執権である北条高時が1333年に新田義貞に追い詰められ、宝戒寺の裏山で一族郎党870名が自害し鎌倉幕府が滅亡したという鎌倉終焉の地でもあります。
秋には萩が咲き誇る「萩の寺」としても有名です。
妙隆寺の「寿老人」
妙隆寺(みょうりゅうじ)の「寿老人(じゅろうじん)」の御利益は、「長寿延命」です。
日親上人ゆかりのお寺でもあり、人々の安全と健康を守る長寿を司る神様です。
鎌倉幕府の有力な御家人(ごけにん=将軍と主従関係で結ばれた武士)であった千葉常胤(ちばつねたね)の邸宅跡で桜が美しいお寺の一つです。
本覚寺の「夷尊神」
本覚寺(ほんがくじ)の「夷尊神(えびすそんじん)」の御利益は、「商売繁盛」です。
夷尊神は、「恵比寿」「蛭子」等いろいろな表記の仕方があり、多種多様な意味を持つ神様ですが、七福神の中で唯一の日本の神様です。
三角屋根の夷堂(えびすどう)に祀られている夷様は、鎌倉随一の商売繁盛の御利益があると言われています。
本覚寺は「眼病平癒(がんびょうへいゆ)」の御利益でも有名です。二代目の住職であった日朝(にっちょう)というお坊さんが目の病気になったとき、法華経と自らの回復力によって治療したことに由来します。